【電車釣行】2019年6月 秩父鉄道で行く 大血川でテンカラ釣りと源流うどん
プロローグ
釣りと電車。個人的には、あまりぴったりとはまる組み合わせであるとは思えません。
フル装備の釣具は、とても嵩張ります。ラッシュアワーの電車内に大荷物の釣り人がいたら、間違いなく周りからの冷ややかな視線を浴びるでしょう。
また、釣り場は、特に渓流釣りにおいて言えることですが、一般的に公共交通機関からのアクセスが難しい場所が多いです。
この点については、問題解決のために駅レンタカーやタクシーを利用することも考えられますが、やはり費用がかかりますし、それをやるなら初めから車を利用したほうが良さそうです。
しかし一方で、電車やバスに揺られてのんびり一人旅というのも実に魅力的なスタイルです。車窓の変わり行く景色をただ眺めたり、普段はまとまって読む時間のない本を持ち込んで読み耽ったり、昼の食事時にビールで喉を潤したりという要素は、車のハンドルを握る旅にはないものです。
どのみち平日に私が車を使うと家族が迷惑するので、今回の休暇は、電車とバスを利用した渓流釣りの旅をやってみようと考えました。それに、平日なら通勤時間帯を外せば大荷物で車内の顰蹙を買うことは防げそうです。
釣行計画
目的地は、20年ほど前に一度訪れたことのある奥秩父の大血川に行ってみることにしました。また、現在は観光釣場の源流うどんが美味しいと評判のようなので、昼食に頂く算段です。
通勤の合間にスマートフォンで当日の行動計画を立てました。Google検索とスマートフォンのExcelアプリを使って作成した計画表は以下の通りです。計画Aは温泉ありプラン、Bは釣りのみプランとしました。これをベースに、現地の状況に合わせて運用します。
快適な渓流電車釣行のための留意点を自分なりにまとめてみると以下2点に集約されると思います。
- 荷物を必要最小限に留める
- 天候に留意した計画を立てる
1.については、私にとっては手持ちの日帰り登山用の30リットルのリュックに如何にして必要最小限の荷物をパッキングするかということですが、テンカラ釣りの道具はシンプルなので、仕掛け等の小道具は腰に装着するポーチに全て収納しました。
一番の課題はシューズの取り扱いでしたが、これはシューズケースを使用して帰りに汚れた渓流シューズをパッキングして持ち帰ることを想定しておきます。行きは渓流シューズを履き、シューズケースには帰りに履くためのスニーカーを収納、釣りが終わったら入れ替える算段です。渓流シューズは汚れることが明らかなので、ビニール袋2枚を忘れるわけにはいきません。
他、持ち物はレインウェアと1回分の着替え、財布や本等の小物類です。帰りにはお土産等の荷物が増えがちなので、適当な大きさの手提げ袋も持参します。今回は忘れてしまいましたが、行動食もあったほうが良さそうです。
2.については、当日の関東地方の大気が不安定で、秩父もおそらく午後3時位にはかなり高い確率で降雨に見舞われることが想定されました。そのため、上記のように遅くとも午後3時には釣りを終了する計画としました。
降雨や雷に見舞われた際に車に逃げ込むことが出来ないのが電車釣行の最大のデメリットだと思います。ですので、極力そのような状況に陥らないための計画を立てることが肝要です。
秩父鉄道にて
当日は最寄駅からJRで熊谷駅へ行き、そこから秩父鉄道に乗り換えて三峰口駅を目指しますが、秩父鉄道はSuica・PASMOが使えません(2019年6月現在)。現金で三峰口行きの切符を買って乗車します。
熊谷から三峰口までは28駅約100分の道のりです。
この時間を使って、旅の趣を深めてくれる本を読みたいと思っていました。
持参したのは、高桑信一さんが代表として名高い浦和浪漫山岳会に所属していた池田千沙子さんという方の著書「みんなちさ子の思うがままさ」(山と渓谷社/2013年2月出版)です。分厚いハードカバーで携帯には不向きでしたが・・・。
既に天界に居を移した奥利根夫人の紡ぐ山の幻想譚は、自分にとってはもはや体感出来る世界ではなく、垣間見て憧れ続けるだけの世界なのだなとは思いつつ頁をめくっていましたが、その中にとても気になった文がありましたので記しておきます。
(以下引用)
夢のような山旅であった。会心の山行であった。ひと言もの申したい気分である。
「おおい、そこの君。聞こえているのか」
青春は遠い日の花火ではない。
(引用ここまで)
・・・呼ばれているのかなと思ってしまいました。
また、その本の物語の中に、去年参加したクライミング教室の先生と思われる方のお名前を発見し、私には縁遠い著名な岳人たちの横の繋がりが窺われました。
秩父鉄道の平日朝の時間帯は学生さんの利用が多いようですが、御花畑駅で一斉に学生さんが降り、車内の空席が目立つようになりました。
8時17分に三峰口駅に到着。関東の駅百選に認定されたというのも頷けるどこか懐かしい佇まいの駅です。
大血川へ
バスが来るまでに1時間ほど時間があるので、屋根のある待合スペースで釣り用の足回りを整えておきます。
駅にやってきた地元の方と思しき女性と挨拶がてら話をすると、「こないだ大血川で釣りに来ていた若い男性が熊に襲われた」とのこと。これ以外にも熊3頭が他の場所で目撃されたとか。多分同じ熊のような気がしますが、いきなりの熊出没情報に肝が冷えます。この貴重な情報により、熊よけ鈴の装着が決定したことは言うまでもありません。
9時25分。M6系統中津川行きの西武バスに乗車します。平日なので乗客は数人でした。
10分弱で大陽寺入口バス停に到着しました。ここから徒歩で大血川渓流観光釣場を目指します。
事前の下調べでは、バス停から釣り場までの距離はおよそ5㎞。所要時間は人によって60分とか90分とか異なっていましたが、自分の感覚では1㎞ですと徒歩で12分が妥当なところで、上り坂と荷物の重さを考慮してもそれほどの誤差はなさそうです。
健康維持のために最近始めたランニング用に買ったGARMINのスポーツウォッチ「ForeAthlete 235J」を流用して釣り場までの距離と所要時間を計測したところ、予想通りおよそ5㎞で60分といったところでした。
GARMIN(ガーミン) ランニングウォッチ 時計 GPS 心拍計 VO2Max ライフログ 50m防水 ForeAthlete 235J ブラック×レッド 【日本正規品】 FA235J 37176H
私は、自分の体力について特に優れたところのない極めて平均的な中年の体力だと認識しています。
道端の案内板に大血川の名の由来が記されていました。平将門の妃ら99人が自害し、7日7夜、川を血で染めたという伝説からこの名がきているということです。
釣り場へと向かう山道に人の気配はなく、山道の遙か下を流れる川の瀬音が微かに聞こえるのみです。そこに自らの歩みによって奏でられる熊よけ鈴の軽く涼やかな音色が乗り、徐々に意識が研ぎ澄まされていきます。この感覚は、参禅の折に導師の本殿への入殿を告げる手磬(しゅけい)の澄んだ音色を聞きながら坐しているときのそれによく似ています。熊に遭遇したらという恐怖は微塵もなく、実に良い気分です。
6月のやや湿った大気が周囲の鬱蒼とした木々の濃緑をますます潤し、その上空を覆う乳白の雲の上から薄日が仄かな光を散らしています。気温が上昇してきました。
肉汁うどん
10:40頃。額から滲んだ汗を拭いつつ、大血川渓流観光釣場に到着しました。
朝5時前に朝食を摂ったきりで、さらにバス停から5㎞の山道を歩いた体は既に飢えて渇いていました。さっそく休憩所にお邪魔し、喉の渇きを癒やすための缶ビールと、少し早めの昼食として、評判の肉汁うどんを注文しました。
食前に缶ビールが飲めるのは電車釣行ならではです。コシの強いうどんは茹で上がりに少し時間がかかるとのことでしたが、それはつまりビールとつまみに舌鼓を打つ至福の時間と同義なので、何ら苦にはなりません。
10分ほどで肉汁うどんが目前に供されました。ざるに盛られたうどんを一口分箸でつまみ上げ、肉汁に浸して口に運びます。
肉汁には生姜が溶けているようで、肉の旨みと生姜の辛み、そしてうどんの歯応えのバランスが絶妙です。
箸を動かす手は休まることなくあっという間の完食。これはまた是非食べたいと思わせるクオリティでした。
あまりにも幸せすぎて、この後の釣りで成果がなくても別にいいかなと思ってしまいました。
大血川でのテンカラ釣り
11:30頃。食後に遊漁券(1800円)を購入しつつご主人から入渓点等のアドバイスを頂きます。不慣れな場所では特にこのような情報がありがたいです。もちろん、熊出没の情報もセットであったことは言うまでもありません。
ご主人からも15時位からの降雨の可能性が示唆されたので、実行するのはプランAにしました。
12時30分には釣りを切り上げて13時には大陽寺入口バス停に到着し、少し先の大滝温泉で寛ぐというプランです。ですので、釣りを楽しむ時間は僅かに1時間しかありません。
教えて頂いた入渓点から川への降下は容易でした。大血川の名前の由来とは裏腹に川の透明度は高く、翡翠色に輝く流水の底まで見通すことが出来ました。
川を覗き込むと、数匹の魚が上流に向かってさっと走っていきました。
いつも通り、テンカラ竿「シマノ渓流テンカラZL3.4-3.8」に投げ縄結びで仕掛けを接続します。
この竿は、扱いがやや難しいレベルラインをスムーズに飛ばすために6:4の胴調子に設計されています。竿のネジレやブレを抑えるシマノ独自の設計・製造方法である「スパイラルX」を採用していて、初心者でも短時間で狙ったポイントにスムーズに毛バリを打ち込めるようになると思います。
仕舞寸法が70.5㎝と電車釣行時にはやや長いと感じるものの、様々な渓流域をこれ1本でカバー出来るとても良い竿だと思います。
シマノ(SHIMANO) ロッド 渓流 テンカラ ZL 34-38
毛鉤は先日の大若沢釣行でヤマメを釣ったのと同じ蜻蛉を模した毛鉤です。
ビールとうどんに満足していた私は半ば釣れなくてもいいという心持ちになっていて、普段は毛鉤を浮かせるために使う浮力剤も使うことなく漫然と毛鉤を送り込みます。
すると、それが功を奏したのか、オレンジのレベルラインの先の毛鉤は水面下をスムーズに流れ、次にラインが流れに止まったかと思うと、水面下で紅色の魚体が翻るのが見えました。水面を割って出るストレスがないためか、のんびりと毛鉤を咥えた印象です。
竿を軽く合わせると次の瞬間、手に明確な重みを感じ、竿が大きな孤を描きます。首尾良く魚が鉤掛かりしたようです。
引きの強い紅い魚体は一瞬ニジマスかと思いましたが、1分程の駆け引きを楽しんだのちに姿を現したのは、魚体の斑点がくっきりと浮き出た綺麗なヤマメです。体長を測ってみると23㎝でした。
限られた時間で幸運にも出会うとことの出来た渓流の女王の麗しいお姿を記念撮影させてもらい、その後魚体に触らないように慎重に毛鉤を外して彼女のお城にお帰り頂きます。
12:30頃。1時間はあっという間です。ここらで退渓しないとバスの時間に間に合いません。竿と仕掛けを仕舞って山道に上がります。少し歩くとバス停から約1㎞を示す標識がありました。15分もあれば辿り着けそうでしたが・・・。
途中、スクーターに乗った若者に呼び止められ、これから渓流釣りを始めたいがどうしたら良いか分からないとのことで色々質問されました。
ちょっと嬉しくなって得意気に答えていたら思いのほか時間が経っていました。流石にまずいと思って話を終え、何とかバスの時間には間に合いました。
13時3分。大陽寺入口から次の目的地である大滝温泉遊湯館目指してバスに乗り込みます。10分弱で到着。
建物の後方に荒川が流れているので、河原に降りて川の状況をチェックします。
この日は放水のためか水量が多く、テンカラ釣りには厳しい状況と思えたため、竿は出さずに温泉に入ることにしました。
大滝温泉遊湯館
まず受付で入館料700円を支払います。その後、すぐ奥にあるコインロッカー式の下駄箱に靴を入れますが、ここで投入する100円は後で戻ってきます。
また、脱衣所には貴重品を預ける小さめのコインロッカーがありますが、ここで投入する100円は戻りません。
貴重品はロッカーに入れ、他の荷物はやむを得ず脱衣籠へ入れました。しかし、籠に納まりきらずにはみ出した荷物は、混雑時はとても周りの迷惑になりそうでした。竿の盗難も少し心配だったので、受付で預かってくれるか確認すれば良かったなと思いました。
お風呂は地上階が檜風呂で、その下の階に岩風呂が設えられていました。岩風呂は露天と表示されていたものの、実際には天は露わでなく、天井はあるがガラス窓がないので外気に直接触れられるという構造でした。
無色透明なお湯は、その淡泊な外見に似合わず成分は濃厚のようで、浸かってすぐに鄙びた肌をすべらかに調えてくれました。
誰もいない檜風呂にゆっくりと身を横たえる至福を味わうと帰るのが面倒になってきますが、そろそろ帰りのバスの時間が近付いてきたため、後ろ髪を引かれる思いで支度を調えて温泉を後にします。
エピローグ
15時のバスで三峰口駅に戻り、15時35分発の秩父鉄道に乗車して三峰口駅を後にしましたが、程なくして熱帯のスコールのような豪雨が電車の窓を乱暴に叩き始めました。
その降り方はあまりにも激しく、少しでも計画や行動を間違えたらあの雨中に身を晒していたのかと思うと肝が冷える思いです。
ともあれ、今回は渓流電車釣行を自分なりに堪能出来ました。いろいろ制約条件はあるものの、それを補って余りある魅力も感じることが出来ました。
しかしながら、帰りの車中で次は何処が良さそうかと考えを巡らしつつ、またプルトップに指を掛けてしまったのは少しやり過ぎかなという気がしないでもありませんでしたが・・・。
(おわり)